今週はひたすらポール・マッカートニーを盲目的に称賛しつづけたい気分だ(けど今週も残すところあと一日なのが残念無念)。最近はWhy Sheep?新居昭乃の新譜を聴いていて、どちらもかなり久々のリリースでしかも相当の傑作なので何度もかけてみながらいろいろな聴き方を試しているのだけど、しっくりこようがこまいが油断しているとその隙になぜかマッカートニーの影が忍び寄ってくる。全然関係ないのになぜ?……とさえも思わないような、この有無を言わせぬ不意のお待ちかねに思わず心がおどってしまってすぐさまThe Beatles"Wild Honey Pie"を聴いてみる。これは本当にすばらしい。ひとりでオーヴァーダビングを繰りかえして何度もちがうやり方で変な声を吹き込み、しかも最後はソウルフルだかなんだかわからないテンションで締め括るマッカートニーってなんて不気味な男なんだろう。本当に底知れない。「底知れない才能」とか「可能性が限りない」とかそういうことではなくて、ただ底が見えない。そう考えると相棒であるジョン・レノンのなんとわかりやすいことか。さながら塊のような彼の音楽の表面に張り付く「表現」はすべてレノンのキャラクターの中に矛盾しながら還元されていく。かの"Yer blues"だってぼくにはどこか上の空に聞こえる。もちろんそう聞かせているわけで、彼のJohn Lennon/Plastic Ono Band』なんかは知的であざとく、しかし何度か胸を打つ箇所がないではない「普通のロックの名盤」だと思う。ロックにあまり興味のない人間からすると(そもそも「ロック」って字面がどうしようもなく恥ずかしい)それほど好んで聴く気にはなれないんだけど(『Sometimes in NewYork City』の二枚目とかのほうがお気に入り。レノンも冴えているしなんてったってヨーコのシャウトは最高だ)。


 だから一般的な対比に基づくとレノンは「深」くてマッカートニーは「浅」いのだろうけど、その言い方が妥当であるとして、なぜ誰もが「深い>浅い」という図式を無条件で何の検討もなく受け入れているのかがわからない。音楽に寄り添い、音楽に身体を預けるマッカートニーが「深さ」などをそもそも目指しているとでもいうのだろうか。むろんうっかりとそういう曲を作ってしまい「ほら、やっぱり」と含み笑いの人びとに指を差されてしまうのもたしかにいかにもマッカートニー的ではあるのだが、そういう部分をわざわざあげつらうほど彼自身に愛を注ぐつもりはない。(言いたかないけど)大事なのは音楽だ(でしょ?)。


 本当にジャンルの定義とか音楽理論に疎くて芸術的価値も歴史的意義もわからずにただ目をつぶってレコードショップの棚から手触りのよさそうなものを選んで買っているだけの無知蒙昧の馬鹿者だからその筋の人には勘弁してほしいのだけど、あまりサイケデリック音楽と関係がなかったThe Beatlesのサイケの傑作として思い浮かぶのは"Tomorrow Never Knows"でも"Only A Northan Song"でもなく"Good Day Sunshine"で、たしかに文句のつける場所のない明るいポップ・ソングのようにも見えるんだけど何度聴いてもこれといった手ごたえがなく、強引に聴かせられて何とも言えぬ不気味さだけを残してさっさと消えいってしまう。"Lovery Rita"とか"Hello Goodbye"とか"Ob-la-di Ob-la-da"とか"Maxwell's Silver Hammer"とかこの手の軽んじられがちな曲にこそマッカートニーの底知れさが濃厚に漂っていて、それを知ってか知らずかたいていが複雑で手の込んだ音作りがされているんだけどそれでもやっぱりどうしても隠しきれるものではなく、ぼくはちょっと平静では聴けなかったりする。変態かも知れない。


 このバンドに興味をもったのは中学生時分で、ピーター・バラカンが深夜ラジオで毎日一年ごとに彼らのエピソードをまじえながら何曲かかけていて、ぼくは夜更かしをしながらそれをテープに録音しては憑かれたように何度も聴いていたんだけど、記憶によればこの番組はビートルズの音楽を覆う不気味さを軸に構成されていた(ようにぼくは感じ、またいまその感じを思い出す)。毎日必ずその年にファンに配られたクリスマス・レコードから奇妙な寸劇や曲ともいえぬ曲を抜粋し、"Glass Onion"のエンディングが延々とループするなか「ポール死亡説」やマンソン事件に代表されるようなバンドを取り巻く呪術的なエピソードが訥々と語られ、また唐突にMary Hopkin"Those Were the Days"なんかも流れてきて、もちろんビートルズ知識なんてゼロに等しい中学生は「これもビートルズなのか?」とラジオの前で戸惑いながら、しかしひとまずはすべてを受け入れるほかない。ちなみにはじめて手に入れたCDは『HELP!』で、このアルバムには"Tell Me What You See"という同じメロディを同じように四回繰りかえすだけの意味不明の曲が入っていて最高だ。好きなのは"You're Going to Lose That Girl"なんだけど。