《大西洋上に低気圧があった。それは東方に移動して、ロシア上空に停滞する高気圧に向かっていたが、これを北方に避ける傾向をまだ示してはいなかった。気温は、年間平均気温とも、最寒の月と最暖の月の気温とも、そしてまた非周期的な月の気温の変動とも、規定どおりの関係を保っていた。日の出と日の入り、月の出と月の入り、月、金星、土星環の位相、ならびにほかの重要な現象も、天文学年表中の予想と符合していた。大気中の水蒸気は最高度の張力をもち、大気の湿度は低かった。以上の事実をかなりよく一言で要約するとすれば、いくらか古風な言い回しになるけれども――それは、一九一三年八月のある晴れた日のことだった》


  Sound Horizon『Chronicle 2nd』を通しで聴いて、よくもまあこんなアルバムを作ったなあ……と半ば呆れながらも感動をおぼえむらむらと本を開いてこういう文章を読んだり手に取ったり書き写したりしていた。このアルバムの中世欧州を舞台とした歴史的記述と肉声によって再編される物語とときに大仰にときに弛緩しながらしばしば言葉(物語)の代理をあくまで控えめに裏切る音と声の衝突=交差がRobert Musilのいつまでも新鮮な理性的記述とこんなに相性がいいとは……加えてヘッドホンで音を耳内に閉じ込めながらというのだから冷静に考えるまでもなく相性がいいはずもないんだろうけど実際に血流が活発化し神経網が引き締まり眸が震える。そもそもムージルの"DER MANN OHNE EIGENSCHAFTEN"自体が音楽が鳴らずともいつでも何度でも任意のページを無為に開き、開いた毛穴から立ち上がる精神的な愛を奉仕してしまうような代物なのだから無理はない。ところでNabokovを読むのにうってつけの環境は人の少なめな昼間の市街バスだと思っているのだが……これまたやはり噴飯ものなのだろうか?