《いや違う、月ではなく、明るい時計の文字盤が
ぼくに向かって光っている、――いったいぼくのどこが悪い、
弱い星たちの乳くささを感じているからといって?

それにぼくはバーチュシコフの傲慢さがいやだ。
「何時?」とこの世界で聞かれたのに、
彼は物好きな連中に「永遠!」と答えたのだから》


  電柱と壁のわずかな隙間を通り抜けるときは死を覚悟している。なぜならそこにはちょうど首の高さの位置に細く引き絞られたピアノ線が張ってあるのだから。天よりメガネが与えられのちふたたび裸眼を奪いなおした幼少時、それから成長とともに首の位置はあがり、それに伴ってピアノ線も慎重に張りかえられつづけた。電柱と壁のあいだにピアノ線が張ってあることを知っている、なのに避けることなくそこを通過する。自殺を選ぶわけではない、死にたいわけではないしなるべくならば(こういってよければ)是がひとも死にたくはない。しかし隙間に頭を突き入れる瞬間には死を覚悟し、その覚悟を受け入れている。覚悟とは意志的なものではなくほとんど条件反射のようなもので、死の淵の一歩手前で冷や汗が肌を駆けのぼり、心臓が圧迫を受け、しかし頭の隅で現状を冷静に追認している。今日も帰り道に足の裏で無限小の甲虫の行列と崩れかかった手のひらを踏みつけてきた。駅へと向かう歩道には無数の穴が掘られ巧妙に影で覆われあやうく足を引っ掛けそうになった。ふと顔を上げると数キロ先に巨大な胞子状の煙が青白く光っていた……がおそらくあれはドーム状の建造物だろう。祭りの準備で神社の周りを人影がうごめいていた。不意に見知らぬ人間から「お花をください」と声をかけられた。


  役立たずの詩人を残らず抹殺せよ。役立たずを自覚する、それを表明してはばからない(あるいははばかりながら表明する)詩人を真っ先に血祭りにあげよ。役に立つものだけが言葉とみなされる。貧しさは豊かさに支えられ、豊かさは貧しさにおいてのみ成り立ちうる。詩作のほとんどの時間を詩人は言葉から言葉を引き剥がす作業に費やすだろう。