NO入浴


  音楽について書かれた文章を読むことは音楽を聴くことではないが音楽について書かれたものから音楽が聞こえてくるような錯覚をおぼえることはあるだろうし音楽について書かれた文章自身がそれを筆者に書かしめたところの音楽が実際に放ち響かせるものとはかけ離れた感触を受け手に与えるものであれそのものとして音楽であるということもあるだろうし(たとえばなんだ、間章とかか?……いや、それなら山崎春美のほうがいいかなあとも思うがほかにいくらでも適当な例はあろうになぜわざわざこの名前を出したのかというと藤枝静男の「欣求浄土」等に出てくる「章」という登場人物がはじめて読んだときからこっちいままで目下読んでいる文章やなされている会話に具体的に出てこない限りその名前を意識にのぼらせることなど一度もなかったにもかかわらず間章のことであると思い込み、「〜のことである」というのは伝記的事実に基づいているとか作者との個人的交友によりキャラクターや作品造形の礎とされているということではなく、つまりそういう立派な根拠を想像していたわけではなく単に「章」という記号上のつながりからその「章」は作中で「間」という苗字さえ持たずまた両者にいかなる意味においても連想の継起を促すに足る共通点が見当たらないにもかかわらず、そもその時点では両者に対して比較しうるような実体的なイメージをなにひとつ手にしていないに等しかったし小説を読んでから幾年も経た現在でも大差ない状況なのだけど、ともかく「章」は間章そのひととして観念的な肉体を与えられ間章と具体的な連関をいっさい断ったまま小説のなかをうろつきはじめた……という誰に伝える必要もないしその機会もまず訪れることのあるまい瑣末な印象を強引に跡付ることができそうだったというのは実は順番が逆で、単に間章という固有名詞を文意とは若干そぐわぬ形でまたその判断さえ意に介することなく衝動に任せて使ってみたかったというとまたもや順番が逆で、間章と書いてしまったら消してしまうのが惜しくなったというだけのことだが、惜しむというのは感情に由来するものではなくただ「消さない」という否定性によってのみ辛うじて浮き上がってくるこびりついた感慨の形式でしかなかった)音楽そのものであろうとする表現というものだってあるだろう(と書いている途中で榎本俊二の『反逆ののろし』を思い浮かべてしまった安直な思考回路をごまかさないために無理やり付け足しておく。漫画には(にさえ(例のごとくにもまた))詳しくないもので。『のだめカンタービレ』が当てはまらないことだけはたしか)。同様に音楽をCDやトラックというパッケージの単位として年間ベストに組み込む思考もまた音楽を聴くことではないしその周辺に付随するいわば文化の産物としか言いようのない様式ではあるのだが(当たり前のことではあるのだが一部にそう勘違いしている向きがあるようだ。音楽よりもゲーム評によく見かける、正確に記せば「見かけてしまうこともあった」のだが、「構成」について言及すれば、あるいは言及することがすなわち論じること評価をくだすことである、少なくともそれっぽい雰囲気を醸すことができるという意気込みというか思い込みというか強迫観念の強い正義感たちなどがいい例。非常にどうでもいいことですしまことに自分勝手な話ではあるのですが奈須きのこさんはいつになったら『最果てのイマ』の感想を書いてくれるのでしょうか。メインディッシュを最後に残すタイプなのか、露骨に長そうだから簡単に手を出せないのか、webでの悪評を真に受けてしまっているのか……いずれにせよ手をつけることなくこのまま繁忙期に突入してしまうような予感がします残念なことです)音楽が趣味以上のものになりえない環境ならば埒もない「越境」を捏造するよりは遥かにましなことではあるし、たとえなぞることでしかないにせよなぞることで具体的な技法の実践として生活にフィードバックすることができるならそれもまた有意義にはちがいない。音楽への恩返しの仕方はいろいろあるし、その端緒は簡単なものであってかまわない。


  またもややってしまった。今年ロシアで再発されたNO NEW YORKのCDを店頭で見つけてロシアだし買わなきゃと思ってついつい買っちゃったヨ!ということが書きたいにすぎなかっただけなのだが。スリーヴを開けたら柳下毅一郎の『世界殺人ツアー』に載っていてもおかしくないような写真が何枚も目に飛び込んできたけどこれは収録されているバンドのメンバーなんだネ!聴いてみたらなんか音にロシアの空気がこもっているように感じたけどきっと気のせいだヌ!テレビからこんな音楽ばかりが流れてくれたら毎日観るのにナ!なぜか「はあ、CISCOでお買い物ですか」って我が家に巣くう山の神に呆れられてしまったけどニ!ヘッドホンで聴かせればCONTORTIONSによる一曲目"Dish it out"のイントロ数秒でぶっ飛ばせるだけの破壊力がいまだある。そしてイントロでぶっ飛ぶといえば豊田道倫の新作『東京の恋人』もまた同様なのだった。呆れるほどいい歌をうたいながら、しかしノイズそのものでもある。全人類にお薦めしたいのでとりあえず全人類はいまのうちにレコード店で試聴してみていただきたい。どうせ買うけど聴いてみるか……と思って試聴してみたら激しく揺さぶられて30秒で聴いていられなくなったので期間限定で絶賛低価格キャンペーン中のくるり『図鑑』をひっつかんでさっさと退散した。
NO NEW YORKこれは英盤。露盤のレーベル名はЛИЛИЗです。もう買うしかないわけ。