葬式DJ@営業中

 板間に澱目の仕事場というか砂地塗れの分娩室というかIT起業系の気まぐれ狩人風ひつじ小屋の隅っこに置かれ古びた地方新聞の記事や見慣れない幾何学的な図像の殴り書きなどが何枚か貼り並べられているホワイトボードのいちばん目立つところに掲示してあるキナ臭く膀胱から失笑をもよおす痛痒の波立ちがのぼってくるかのような呆然唖然の「作業心得」風寝言の連なりが実はかの電通の鬼の十則とやらの全体を引き写しただけの代物だったことを知ったときのたじろぎはそのまま外国人のための日本語教材として使用しても差し支えないほどの正確さだったとその記録は伝えているとかいないとか(フレデリック・ワイズマン『肉』においてカメラは流れ作業的に集団で追われ誘われ囲い込まれ吊られ剥がれ削がれ分かたれ解され均され並べられ仕舞い込まれるひつじたちの日常的工程全体とともにそこで細々しく作業に従事する工員たちと管理者たちとのあいだに起こる衝突と軋轢の横顔をもとらえている。やはりひつじ小屋は労働の現場だったのだ!余談だが工場内を吊られた羊肉の塊が移動していくショットはソクーロフの『エルミタージュ幻想』を彷彿とさせた。豪奢に彩られた無数の襞を身にまとった過去の亡霊たちが音もなく地下の暗がりの辻を横切っていく感じ……)。


 kashmir百合星人ナオコサン』が世界中で聖書並みにオメガ激売れして広末涼子フロイトが巨乳で乳首絆創膏ウッハウハの夢を見た。初夢ではなかったのが幸いだった。それくらいナオコサンの無表情と棒読み風とツーストライプのジャージ地にいまは夢中なのだ。苺ましまろ竹本泉粟岳高弘、李さん一家、ニア アンダーセブン……と読みながら玉突きのごとく頭に浮かんでくる固有名詞の(源泉たる自らの)乏しさと頓珍漢にめまいをおぼえながらもそのいずれとも異なる快さを受け取り何度も中断しながらさかのぼり同じコマやその動きの連なりを眺めていた。昨年は例年になく漫画を買い求めた一年だったような気がするが(一昨年とごっちゃになっているので実はそんなでもないかも知れないが。ジョージ秋山の『WHO are YOU』とかこうの史代『長い道』は一昨年でよかったっけ?『HUNTER×HUNTER』の最新刊もかなり朧……もう何年も前の出来事に思える。逆に『ガラスの仮面』の最新刊はつい最近のことのように感じてしまうのだが。コロコロ……という効果音は何度でも不意撃ち的に甦ってくる)それを締めくくるに相応しい一冊が最後の最後に出てきたという感じだ。同じ作者の『○本の住人』も読んでしまったし。局所局所で噴出するツンデレという現象(認識の地図)に対する執着というか発露の仕方がおもしろい。し、かわいい。『百合星人ナオコサン』は(読んだことはないが)雑誌『電撃大王』における『徒然草』のごときエッセイの変異種であり(時事ネタは多いがそういう風に読まれたらよい。モンテーニュみたいに)、小島信夫『別れる理由』のごとくだらだらと自堕落に(しかし別れる理由のようにその言い訳や回収回路をも同時に構成し走らせておく、という感じにはせずに、ただ無責任に)何十年も連載がつづいてくれると幸せだ。もちろんつづくわけはないのだがそう思えるだけでよい、ということ。付録として主題歌CDがついてきたのだがあってはならない架空のOP映像が自然と頭に(頭が)涌いてくるかのような良い出来。またそれ以上に挿入歌のおゆうぎうた(おけいこ用カラオケ含む)が素晴らしい。個人的に距離をとりつつ抱いていたMOSAIC.WAVの微妙に釈然としない薄霧がかった印象を一挙に塗り替えてくれたそんなようじょ賛歌だった。
百合星人ナオコサン (1) (Dengeki Comics EX)