Paul Mccartney『Memory almost full』を買った(あとは首吊りジャケと一曲目の金属の内側でたわんだようなギターの響きが最高に相性のいいSTAINED GLASS『CRAZY HORSE ROADS』(本編は暗くもないしグロくもないいたって良好な音楽。アシッド・フォークとかサイケが好きなら。Simon finnとかcharles mansonみたいな感じではぜんぜんないです)と舌っ足らずに疾走する若きGOOD SHOES『THINK BEFORE YOU SPEAK』)。何種類か置いてあって予備知識を欠いていたためちょっと迷ったのだけど簡単な比較の結果二枚組のデラックス盤を選択。開封してみてまずインナーのカラー写真に目を引きつけられた。ルックスまで若返っている……というか、ミシェル・ゴンドリーらしき人物と話しているショットなど60年代のマッカートニーそのまんまだ。すべてがビートルズ時代のまま、ただ肉体のうえを40年が経過しただけ。照明や服装、髪型などあらゆる要素が結託して現出させた瞬間とも言えるし、そもそも若い自分から疲労が肌のたるみとして顔に出てくるタイプでもあったのだが、それでもやはり驚かされる。

 一曲目"Dance Tonight"、ウクレレのようにはじかれるマンドリンをリードとした愛らしい曲で、ほとんど空気。だがどのような空気によってはじまるかということがこのアルバムではことのほか重要で(かつてのソロ1stアルバム『Mccartney』の一曲目"Lovely Linda"のようなものだろう。数十秒足らずの他愛のない弾き語りで、遠くでドアを閉める音などがいっしょに録音されていた)、その意味ではまったく申し分のない「空気」だ。そして2曲目の"Ever Present Past"。十数秒過ぎたところで期せずして笑ってしまった。一分を過ぎたころには笑い転げていた。何であれ先のことには期待はしない。修辞的な意味での期待なら惜しまないし何かを楽しみにする気持ちは人並みに持ちあわせているのだけどそれを勝手な期待として対象に預けてしまうのは傲岸で意地汚く下品であるように感じられるからだ。それでも予想外のところをつかれるとその気持ちよさに思わず笑いがこぼれてしまう。それが持続すると哄笑になる。3曲目"See your Sunshine"に代わりベースが跳ねはじめるころには驢馬がのりうつったツァラトゥストラのごとく舞踏しながら「然り!然り!」と叫び出さんばかりだった。懐メロの気配などどこにもない。ポール・マッカートニーとアヴァンギャルド・ミュージック―ビートルズを進化させた実験精神ソロ時代のマッカートニー、WINGS時代のマッカートニーがそれぞれ時代を指摘してまわりたいほどいろいろなところに顔を出すが、しかしそのすべての顔が現在のマッカートニーその人の顔なのだ。『ポール・マッカートニーアヴァンギャルド・ミュージック』というなかなかの良書にはエピローグとして著者がマッカートニーが匿名や覆面でこっそりと発表してきたアンビエントや現代曲をその畑の人間に名を伏せて聴かせて感想を求めるという興味深いおまけが挿入されているのだが、このアルバムもまた人をそのような誘惑に駆り立ててやまない。