鬼の子煮えたもご存知ない


 忘れてた、忘れてた!これだけは書き留めておかねばならなかった。"転換期の作法"の前にウィスット・ポンニミット展にも寄っていたのだった!しかもいつのまにかこっちのほうがメインイヴェントになっていた。なぜなら迷路だったからだ。迷路最高。ささやかな灯りを手に完全なる暗闇のなかひたすらドアをくぐり抜けていく。壁にはいまにも「アサーーーーッ!!」と叫びだしそうなウィスット・ポンニミットの作品が並んでいる。もちろん狭い敷地だからほんの数分で出口にたどり着ける、だけど順路は無数にあってひとつひとつに異なる物語が用意されている。ふと道をそれればいきり立つ炎の中に放り出される。天使が舞う。鈴が鳴る。銃声が響く。地が唸る。出る。また入る。出て。入って。たまには逆進。隠し扉。人の足音。逃げろ!……とにかく迷路。そして最高。でっかければなんでもいい。でいだらぼっちに会いたい。ざらついた肌を晒した緑黄色の馬鹿でかい直方体の群れとかたまらない。どこからか水がちょろちょろ流れていればなお嬉しい。音だけでいい。そっと微笑みたい。子供のころはよく寂れた巨大迷路でひとり『シャイニング』ごっこをしたものだ(あの映画では冒頭以外で唯一いいシーン)。ほかに巨大迷路映画はないか?思い出せない。でもあった気はする。恩田陸の『麦の海に沈む果実』は巨大迷路小説だったような気がするけど。ちがったか?一秒ごとに着実に進行している記憶力の著しき欠損が恨めしい。しかし巨大迷路はいつもともにある。アメリカにとうもろこし畑で出来た巨大迷路があるらしいじゃないですか!ピーター・ジャクソンは巨大迷路のうまみを知っているとみた。いや、ロメロこそそうに決まっている、でなければ"Land of the dead"みたいな映画は撮れんよ。ならカーペンターもか?もちろん素知らぬ顔で黒沢清は知っちゃっている。そしてそんな彼こそいま世界で一番スティーヴン・スピルバーグの後継者にふさわしい男なのだ。青山真治の言うとおり早くハリウッドへ行っちまえ!(最後はエールになってしまった)