《オウノウって、苦悩のことですよ。りっしんべんに奥って書いてオウって読んで、下は同じく悩みのノウ。文語ですね。苦悩っていうのは恥ずかしいので、今ついそう言っちゃったんだと思います。自分にも、人並みにそういう苦悩を表現したいところがあるんですけど、今に至ってもあんまり表現せずに来てますね。思い返しても、本当にひどい時期がありました。でも私、精神病になるのは好きじゃないんです。精神病もその人にとってはひとつの表現形態で、その人自身が選び取った生き方なんです。もちろん、好むと好まざるとにかかわらず、器質的な問題も影響して、どんどんのみこまれるようにひどくなっていってしまう場合もあるわけですけど……でも、そういう場合だって、意識すれば、もっと自分を別の方向に引っ張っていけたかも知れませんよね。今の私は、精神病を選択するという生き方が嫌なんです。狂気の表現には、あまり惹かれません》


  Lost Script制作のゲーム『蠅声の王』の体験版をちょっと読んでみたら静かに血が煮立ち肉が踊って頭が湧いた。古事記日本書紀ボードレールの引用ではじまり、そのまま軌道エレベーターの描写に移行した時点ですでに鼻血が溢れそうだったのだ。生まれてこの方「ああ、やっぱりSFが好きだなあ」なんてしみじみ思ったことは一度たりともないしそもそもSFを主語にした意味のある文字列を口から吐きだしたことさえ数えるほどしかなく、気に入った本がたまたまそう分類されたことは数限りなくあったもののそのこと自体には何の感慨もないどころかちょっとした煩わしささえおぼえることもあったし(レムもパラニュークも青木淳悟もSFというわけ……いや、異論はないことにしたってかまわないんだけど)せいぜいが「新潮や集英社の夏の百選よりはハヤカワ文庫のそれのほうがましだなあ」とそれこそしみじみと思う程度ではあったのだけどやはりどうして「軌道エレベーター」……これほど見ているだけで目が泳ぎはじめ組んだ足が付け根で震え胸の奥が疼きだす単語もなく、軌道エレベーター……案の定落ち着きをなくしたままろくすっぽ文章を読むことができずにしばらく画面隅っこに二個据え置いてあるデジタルサイコロを無意味に握っては転がし出目を口の中で反芻するしかなかった軌道エレベーター(デジタライズド・ゲームブックと銘打たれたこの作品はゲームブックの形式、遊び方をあくまでモニター上で再構成しているのが特徴で、だからゲームの規則やパラメータの設定に従うも従わないもプレイヤー次第ということになる。画面の隅にはいつでも転がすことのできるデジタルサイコロがあり、どの数字へでも任意に飛ぶことができるエピソードの単位としてのパラグラフがあり、ページに挟む指の代わりにデジタルしおりとでもいうようなタブブックマークがある)。大槻涼樹氏に感謝、というかんじだ。『ESの方程式』を読んでフロイトを片っ端から読んだ恥ずかしい捏造メモリーがまざまざと脳裏によみがえる。そのとき何歳だったかは法に抵触するおそれがあるので秘密だ。