世紀の隙間からの抜粋(仮)



  床板のはざまから生えるかのように突き出し身を寄せあいながら螺旋状にうずたかく積み上げられその一部は天井にまで達しようとしている無数の本の山の中にひしめいている崩落しかかったページの隙間より這い出るべく顎の線の鋭角のくびれから透明の液体を滴らせながら長い触角を左右にしならせてもがき苦しむカミキリムシのたぐい――というのはわたしのことではなく弟のことで、それは子供のころのひまつぶしの一環としてわたしたちのあいだで四、五回ほど採用された「自己紹介型イメージ連想ゲーム」のある一回の結果に基づき再現された弟の「設定」なのだということを弟自身から何かの折に聞かされたのだがわたしはそのゲームをたしかにやったことがあるということをうっすらとおぼえているだけにすぎず、また弟も次にわたしからその話題を振ってみたときには天から忘れていてあまつさえわたしの顔を不信さを露わに覗きこむような仕草をしたあと何も言わずにその場を去りそれ以降わたしたちのあいだではいかなる言葉の交換も行なわれてはいない。それは弟がその翌日か翌々日に居間のソファのしなやかな弾力にしたたか頭を打ちつけて泡を吹き、あるいは泡を吹いてから打ちつけ、それとも泡を吹きながら打ちつけたのかも知れないがともかくソファを自らの唾液で汚しながら弾力の上で意識を失い――あるいは打ちつけたときにはすでに意識を失っていたのか――やがて帰宅した叔父の手によって身体を硬直させたまま病院に運びこまれ以来現在までずっとベッドに縛りつけられたままただ呼吸をするだけの生活を送っているからなのだが実はわたしは叔父夫妻から互いが互いの言葉不足を補うように別々に聞かされたその話をほとんど信じてはいなくて、だから当然叔父のきわめて頼りない口調による「弟の脳が網目に侵食されている」という病状の説明とやらも受け入れるふりだけして歯ぐきの裏にしまいこんでいるし、叔母の涙を疑う気にはならないがその感情の出所に関しては相当に訝しく思っている。ねえ、お兄さん、と弟は本の山のふもとに腰かけて言った、望むならグループにいれてあげないこともない。